« LAOS『We Want It』 | Main | The ALMIGHTY再結成の裏に… »

2005.09.11

METALLICA
『真実の瞬間-SOME KIND OF MONSTER-』

観た感想を何から書いていいやら…ラーズが言った『とにかく、「ファック!」と叫びたい』から引用するならば、

「とにかく、「凄い!」と叫びたい」

そんな映画です。

このドキュメントは後に『St. Anger』と名付けられる事になる作品を作り始めたところから始まります。
そしてバンドにセラピストが合流し、バンド内や個人の葛藤、衝突、問題等が徹底的に晒されていくのです。

ジェームスが『今日は(気持ちが)乗らねぇ』とギターを置いて出て行ったり、突然ロシアへ旅行へ行ってしまったり、アルコール依存症のリハビリ施設へ入ってしまったり、施設から復帰後は午後は4時までしか働けなかったり…ジェームスだけでもこんなにも問題を抱えていました。これにエゴが絡み合ってバンド内はぐちゃぐちゃに。

最初のスタジオで曲を作り始めた直後のリフ、歌詞というのはとにかくバンドが混沌としていて「DOOMでも演る気か?」と思えるぐらい形になっていない状態。完成形が見えないどころではなく、作品の方向性になるべき曲の断片すらもまとまらないというのは「これがあのMETALLICAなのか?」と衝撃を受けます。しかしそのファンが求めるであろう『METALLICA=最強』というイメージこそがジェームスをアルコールへと逃避させていた最たるものだとラーズが語ります。METALLICAというモンスターの先頭に立って常に最強の旗を振り続けなければいけない。そのストレスというのはとてつもないものであろう事がこの映画を観るとやっと、そうです、『やっと』ファンの側が理解できます。常にMETALLICAと共に在り、すぐ傍にいるメンバーなら尚更です。ラーズは

ヤツを助けてやりたいし、力になれるものならなんだってするが…ヤツが「もう辞めたい」と言い出しても俺は驚かない

これ程までにバンドは崩壊の危機を向かえていたとは…『St. Anger』発表時のインタビューでも読んでいたとはいえ、その記事を読む際の想像力を超えている程の実情だったのです。

新しいスタジオに居を移してからはクリエイティブな瞬間が度々訪れるようになるまでバンドは回復していきます。
そしてラーズの父親が(何故か)登場し、その時点での曲をラーズが父親に聴かせます。するとラーズ父は

最初のスタジオでの曲は削除すべきだ

もしもこのラーズ父の発言がなかったら『St. Anger』はDOOMなMETALLICAになっていたかも知れません。バンドだけだと方向を見失うとはよく言いますが、父親に聴かせる前にラーズは『親父は誤魔化せない』と言います。内心ではこのままの曲では駄目だろうとは思っていても完成させなければならない。その狭間で揺れていたであろうラーズはここで一回リセットする事になるのです。

しかしまたもやバンドは衝突します。リハビリから復帰したジェイムスは4時までしかスタジオに居られないのですが、ジェイムスは自分が帰った後に他のメンバーがその日できた曲を

聴くな

と言い出します。『自分が居ないところでボブ(・ロック。プロデューサー)とメンバーが聴くと曲が変えられてしまうだろう』…ここでも『不安』からくる『エゴ』が首をもたげます。ジェイムスは『自分が参加していないような気分になるのは我慢できない』と言い、ラーズは『曲を聴くだけだ。ソレの何が悪い?帰るのはオマエの都合だろう?』。カークは

俺なんて最初からそうだったんだぞ

と言います。うわぁ…結構サラッと流された1シーンでしたが未だに強く記憶に残っています。後に『エゴなんて削れていって無くなってしまえばいいと思っている。それを他のメンバーが手本にしてくれれば…』というカークの発言に繋がるのですが、カークの存在の全てがココに凝縮されているといっても過言ではないでしょう。リハビリ施設にジェイムスが入った際にもカークはジェイムスと話をしています。『ラーズと話をするのは苦痛だ』『ビジネス的な事でボブの事も信用できない』などといった伝言をカークがセラピストの居る場で発表するのですが、カークの存在がなければMETALLICAは一歩も前へと進めなかったでしょう。
『St. Anger』にはギターソロがありません。ラーズは『ソロは古い。何か新しい事を演りたい』と言い、カークは『ソロが古いなんてありえない!流行の音楽を演るならばソレでもいいかもしれないが、そんなものは作りたくない』と返します。結局、ボブの『エゴだ。曲の為のソロならば良いが、どのようなものであれ個人の満足を満たす為のものならばそれはエゴだよ』という一言でカークは『曲がソロを必要としないならば、いいだろう。何の文句もないよ。それにその考え方の方が気分がイイw』と笑います。

カーク、カッコ良すぎ!

そして件の発言に繋がるのです。『今の立ち位置に満足かって?何の不満もない。感じた事もないよ。エゴなんて~』
ああ、METALLICAのギタリストがカークで良かった。

この映画には元メンバーのデイブ・ムステインも登場します。そしてラーズに心情を吐露します。『「カークは素晴らしい」と皆が言う。ならば俺は最低か?』『常に2番手だ』『やる事なすこと全て裏目に出る』『METALLICAを辞めさせられてから人に馬鹿にされた。歩いていると「METALLICA!」と声を掛けられるんだぜ』『もしも当時おまえらに「アルコール依存症を治せ」と言われれば、絶対に直した』…いや大佐、最後のソレは無理じゃないかと…ドラック癖はあのそのごにょごにょ…などといろいろとツッコミたくなるような独白をラーズとムステインは涙目で話し合います。

元メンバーといえばジェイソン・ニューステッドもそうです。ジェイムスが追い出したのですがその理由をジェイムスは『METALLICAから離れて欲しくなかった。それには支配するしか俺は方法を知らないんだ』これがジェイソンには我慢できなかったのです。ジェイソンはセラピストを呼ぶ事にも反対で『世界最強のバンドがセラピストなんかに頼るのか?自分達で何とかする問題だろう』と言います。ECHOBRAINのお披露目のショウにラーズとカークが観に行った際に二人は楽屋にジェイソンを訪ねますが『先に帰ったよ』とつれないのです。ロバート・トゥルージロが新ベーシストに入った際にも『最後には俺が正しかったとなるさ』といった捻くれよう。う~ん溝ができた経緯が経緯だけになかなか根が深そうです。

そして第5のメンバーとしてのボブ・ロックはプロデューサーという域を超えているとこの映画を観ると思えます。曲のテクスチャーを指示したり、歌詞を一緒に考えたり、褒めたり、場を収めたり、実際のレコーディングでもベースを全て弾いているのもボブですし。この映画を観ると今アメリカで運動になっている『METALLICAはボブ・ロックと手を切るべきだ』という嘆願は見当違いだと思えます。『St. Anger』でのボブの役割はとてつもなく大きく、発言もMETALLICA及び3人を愛している内容に満ちています。しかもセラピストに対して

ご高説ごもっともだが、鼻に付く。そして今はそれを聞ける状態じゃない

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!!
いや~セラピストの例え話というか精神論的な話は観てる方もイライラしてくるだけに待ちに待ったカウンターパンチでしたw まったくもってブラヴォーな漢ですよ、ボブは。

このドキュメントの一番緊迫するところはやはりラーズがジェイムスに対して不満をぶちまけるシーンでしょう。『オマエはすぐ「できない」と言うだけだ』『俺の事を支配者と言うが実はオマエが全てを支配しているんだ』『ジェイソンを辞めさせたみたいに俺も辞めさせるか?』『(顔を近づけて)ファーーーーーーック!

いつまでたっても回復しないバンド内の信頼関係ですが曲が形造られていくに従って徐々にバンドとして機能していきます。最初の頃ジェイムスの口から吐き出される歌詞は痛々しく、まるでジェイムスが他のメンバーや周りに向けているかのように観ていると伝わってきましたが、この頃になるとバンドメイトに対しての信頼からくるどこか怒りを客観的にしたようなイメージになってきます。4時以降もスタジオで作業してるし。よくぞここまで・゚・(つД`)・゚・

最後は新しいバンドとしてステージに4人で向かう姿でこのドキュメンタリーは幕を閉じます。バンドという生き物が『アルバムを作り、ステージに上がり、ツアーをする』…この当たり前とも思える道を歩くのには当人達にしか判らない苦悩や障害が立ちはだかっている。という事を教えてくれた稀有な映画だと思います。
METALLICAを愛する人、HM/HRを愛する人、音楽を愛する人全てに観て頂きたい映画です。

絶対にオススメです!

|

« LAOS『We Want It』 | Main | The ALMIGHTY再結成の裏に… »